こんにちは、あるいはこんばんは。品田沙織です。
この記事は、アメブロでご紹介したつい「ごめん」と言ってしまう人が、幸せを逃している理由の内容をさらに深掘りした“アメブロ+α”の記事です。
気がつけば口から「ごめん」が飛び出している…そんな経験はありませんか?
ドアを開けてもらって「すみません!」
荷物を持ってもらって「ごめんね!」
プレゼントを受け取って「悪いよね、気を遣わせちゃって…」
心当たりのあるあなた。
実は私と同じ 「ごめん族」 の一員かもしれません 笑。
実はこれ、かつての私が自分に名づけた呼び名なのですが…思いのほか多くの人が同じ習慣を持っていることに気づきました。
「ごめん族」とは、感謝の場面でつい「ありがとう」ではなく「ごめん」と言ってしまう人たちのこと。
もちろん悪気はゼロ。むしろ相手を思いやる気持ちが強いからこそ、先に謝ってしまうんです。
でも、この「ごめん族」習慣の裏側には、心理学的に見ると “自己否定の思い込み” が潜んでいます。
「私は人に迷惑をかける存在かもしれない」
「受け取ったら、相手に負担をかけてしまう」
そうした無意識の思い込みが積み重なると、せっかくの優しさや愛情を素直に受け取れなくなり、人間関係をぎこちなくしてしまうことさえあるのです。
今回は心理学の視点から、
- なぜ「ありがとう」が言えないのか
- 「ごめん族」に共通する心の背景
- 「ごめん」を「ありがとう」に変えるための具体的な方法
をお伝えしていきます。
私自身も、「ありがとう」を素直に言えるようになったことで、人との距離がぐっと近づき、関係性がもっと楽に、もっと温かくなっていきました。
なぜ「ありがとう」が言えないのか? ― 自己否定の背景―
本来なら「ありがとう」でいい場面なのに、つい「ごめん」が先に出てしまう…。
実はその裏側には、多くの場合「私は迷惑をかける存在かもしれない」という自己否定の思い込みがあります。
心理学では、こうした考え方を 条件付き自己価値 と呼ぶことがあります。
- 人に迷惑をかけない私なら、愛されてもいい
- 役に立てる私なら、そばにいてもらえる
こうして自分に“条件”を課してしまうと、誰かの優しさや好意を素直に受け取るのが難しくなります。
その結果、本当は「ありがとう」と伝えたいのに、反射的に「ごめん」とつい跳ね返してしまうのです。
私の場合、相手の優しさを受け取るたびに、まるで借金を背負ったかのような気持ちになっていました。
「こんなことしてもらっていいのかな」「同等のものを返せなかったら迷惑をかけるんじゃないか」…そう思うと罪悪感が募り、少しでもそれを返済するつもりで「ごめん」と言ってしまっていたんです。
(まるで“ごめんローン”を抱えていたようなものですね。利息は自己否定…笑。でも返済しても終わらないローンほど、しんどいものはありません。)
もちろん、「ごめん」には相手を思う気持ちや遠慮のニュアンスが込められていることも少なくありません。
「迷惑をかけていないかな」「負担になっていないかな」…そう考えてしまう優しさの裏返しでもあるんですよね。
ただ、悪気は一切ないのに、それは相手からすれば“距離を置かれた”、あるいは“拒絶された”ように感じられてしまうこともあるのです。
「ありがとう」であれば関係が温まるのに、「ごめん」はせっかくの好意に冷たい風を吹き込んでしまう。
「そんなつもりじゃなかったのに…」というすれ違いが、知らないうちに人間関係をぎこちなくしてしまうこともあるのです。
今思えば、本当に“もったいない習慣”だったと感じています。
そして実は、このクセ…カウンセリングの現場でも驚くほど多くの方が口にされるのです。
次では、そんな 「ごめん族」 の方々がどんな背景を抱えているのかを、事例を交えながらお話ししていきます。
「ごめん族」に共通する心のパターン
カウンセリングの現場でも、この「ごめん族」の方々によく出会います。
たとえば、
- 涙がこぼれた瞬間 → 「すみません」
- 弱音を吐いたあと → 「ごめんなさい、私なんかが…」
- 相談が長くなったと感じたとき → 「時間とっちゃってごめんなさい」
こちらが「大丈夫ですよ」「出していいんですよ」と受け止めても、ご本人の心の奥には “受け取ることへの強い抵抗” が根づいているケースがとても多いのです。
背景には、「私は受け取るに値しない」 という無意識の思い込みがあります。
だからこそ、「ありがとう」と返す前に、条件反射のように「ごめん」が飛び出してしまうのです。
私自身も、かつてカウンセリングを受けていた頃によく 「話がまとまってなくてすみません」 と言っていました。
一見ただの口癖のように見える「ごめん」ですが、その奥には 「本当の私は受け入れられないかもしれない」 という深い不安が隠れていることが多いのです。
背景には、「私は受け取るに値しない」という無意識の思い込みがあります。
だからこそ「ありがとう」と返す前に、条件反射のように「ごめん」が飛び出してしまう。
私自身も、かつてカウンセリングを受けていた頃によく「話がまとまってなくてすみません」と言っていました。
一見ただの口癖のように見える「ごめん」ですが、その奥には「本当の私は受け入れられないかもしれない」という深い不安が隠れているのです。
このように「ごめん族」に共通するのは、
受け取ることに自分でも気づかないハードルがあること、 そしてそれを覆い隠そうとする自己否定のパターンです。
まずはその仕組みに気づいてみること。
それだけでも、人の優しさや愛情を今より少し受け取りやすくなるかもしれません。
「ごめん」が与える影響と「ありがとう」の力
「ごめん族」の心のパターンがわかったところで、次はそれが人間関係にどんな影響を及ぼすのかを考えてみましょう。
想像してみてください。
あなたが誰かにプレゼントを渡したとき、返ってきた言葉が「ごめんね、気を遣わせちゃって」だったらどう感じるでしょうか。
「え、迷惑だったかな?」
「むしろ無理をさせちゃったのかも…」
せっかくの好意で渡したプレゼントだったとしても、ちょっと寂しい気持ちにが滲んできたりはしないでしょうか。
「ごめん」と言った側は、”謙虚でいたい””気を遣わせたくない” という思いから伝えていたとしても、結果的には 相手の喜びを削いでしまう。
これこそが、「ごめん族」の大きなジレンマなのです。
一方で、相手が目を輝かせながら「わぁ!ありがとう、すごく嬉しい!」と受け取ってくれたらどうでしょう。
その瞬間「渡してよかった」と心から思えるし、こちらまで温かい気持ちになります。
つまり…
「ごめん」は相手の厚意を地面に落とすようなもの
「ありがとう」は相手の好意を抱きしめ、さらに喜びに変えて返すもの
この違いが、関係性に大きな影響を与えるのです。
「ありがとう」と伝えるだけで、相手の中に“あたたかい余韻”が残り、そこからまた「与えたい」という気持ちが育っていく。
これこそが、心理学でいう 幸せの循環(与える⇄受け取る) の始まりなのです。
私が実践していた「ごめん→ありがとう」変換習慣
もちろん、私自身も最初から「ありがとう」が言えたわけではありません。
自己否定が強かった頃は、何かしてもらうたびに「ごめんね」と言ってしまう“ごめん族”でした。
それを「ありがとう」に置き換えるようにしたとき、いくつか自分なりの工夫がありました。
「ごめん」と言いそうになったら一度飲み込む
すぐに口をついて出そうになっても、まずは一呼吸。
そして意識的に「ありがとう」に言い換えるようにしました。
倍返しで「ありがとう」「助かる」を伝える
うっかり「ごめん」と言ってしまったときには、すぐにその後で「でも本当に助かったよ、ありがとう」と感謝を重ねるようにしました。
プレゼントや好意には、ちょっと大げさなくらい喜びを見せる
恥ずかしさもありましたが、目を見て「嬉しい!」と笑顔で受け取ることを心がけました。
最初はなかなかうまく言えなかったのですが、それでもめげずに意識をしてたら少しずつですが「ありがとう」が自然に出る回数が増えていきました。
すると不思議なことに、相手の反応が目に見えて変わっていったのです。
たとえば、以前なら「すみません…」と受け取っていたちょっとした親切に、思い切って「ありがとう!」と伝えてみたとき。
相手の顔がふっと明るくなり、「いやいや、全然!」と逆に嬉しそうに返してくれたんです。
その瞬間、私はハッとしました。
「ありがとう」って、私がもらうだけじゃなくて、相手に喜びを返す言葉なんだ…。
この気づきは、私にとって大きな転機になりました。
「受け取ること」が怖いときに見つめたい心のルーツ
それでも「ありがとう」がどうしても言えないとき。
そこには過去の体験や思い込みが潜んでいることがあります。
- 「私なんかが受け取ったら迷惑だ」と思い込んでいる
- 幼い頃、甘えると叱られた経験がある
- 「ちゃんとしていなければ愛されない」という信念がある
こうした体験が心の奥で「受け取ること=悪いこと」と結びついているのです。
そしてこの思い込みは、多くの場合“心を守るための工夫”として生まれたものです。
子どもの頃に「わがまま言わないの」と言われた経験や、甘えを抑えてきた環境で身についた知恵でもあります。
だから、もし今「ありがとう」が言えないと感じても、それはあなたの弱さではなく、これまで懸命に生きてきた証拠なのです。
そしてそこに気づけることこそが、少しずつ「受け取っていい自分」へ切り替えていく入り口になる…私はそう思っています。
さいごに ― 小さな一歩から始める「ありがとう」―
「ごめん」は決して悪い言葉ではありません。
むしろ、相手を思いやる優しさがあるからこそ出てくる言葉です。
ただ、その中に「私は迷惑をかけているかもしれない」という自己否定が混ざると、せっかくの思いやりが逆に距離を作ってしまうこともあります。
だからといって、いきなり完璧に「ありがとう」に言い換える必要はありません。
今日からほんの少しだけ、「ごめん」を「ありがとう」に置き換えてみる。
それだけでも、人との関わりの中にあたたかい循環が生まれていきます。
「ありがとう」と言葉にすることは、ただ礼儀正しいからではなく、
相手と自分を同時に満たす“魔法の習慣”。
小さな一歩は、心のあり方をやさしく変えてくれます。
私もまだ練習中ですが、その積み重ねが毎日を軽くしてくれるのだと実感しています。
あなたは、どんな場面で「ごめん」と言ってしまうでしょうか。
今日、その一言を「ありがとう」に置き換えてみるところから始めてみませんか?
この記事が、あなたが自分の心を見つめ直すときの小さなヒントになれば嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。